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東京高等裁判所 平成元年(ラ)691号 決定 1990年1月22日

抗告人(債権者) 相馬貞子

右代理人弁護士 水津正臣

児玉隆晴

相手方(債務者) 相馬俊正

第三債務者 多摩中央信用金庫(西八王子支店扱い)

右代表者代表理事 菅屋忠正

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件差押命令取消申立てを却下する。

理由

一  本件執行抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状に記載のとおりである。

二  そこで、検討するに、記録によれば、次の各事実が認められる。

1  本件の差押債権は、相手方の第三債務者に対する預金債権であり、第三債務者に差押命令が送達された平成元年八月一日当時に現存したのは、普通預金債権八二万九〇四七円である。

2  右普通預金口座(二口)は、いずれも相手方の東京都職員共済組合退職年金、私立学校教職員共済組合年金及び厚生年金の振込を受けることを目的として、開設されたものであり、各口座の昭和六三年一月以降の入金も、殆どもつぱら各年金の振込である。

3  右各年金は、年四回に分けて支払われるものであり、前記平成元年八月一日当時の現在高八二万九〇四七円のうちの大部分である八二万八一七五円も、同日に入金された年金(東京都職員共済組合退職年金六八万八二〇〇円、私立学校教職員共済組合年金一三万九九七五円)である。

4  本件の請求債権一〇二万円は、抗告人の申し立てた婚姻費用分担申立事件の審判前の保全処分として東京家庭裁判所八王子支部が昭和六三年七月一一日にした審判により、相手方が抗告人に対し昭和六三年七月以降毎月末日かぎり各一七万円の支払いを命じられた婚姻費用分担金のうち、平成元年一月から六月までの分であるところ、右審判は、相手方の収入が、もつぱら年額合計三五五万四八〇〇円(月額二九万六二〇〇円)を下らない前記各年金であること、したがつて、婚姻費用分担金は、当然に右各年金収入をもつて支払われることを前提とするものである。しかし、相手方は、少なくとも平成元年一月以降の婚姻費用分担金については、抗告人に任意の支払をしていない。

三  ところで、地方公務員共済組合法五一条、私立学校教職員共済組合法二五条、厚生年金法四一条は、いずれも、右各法に基づく給付を受ける権利は差し押さえることができない旨を定めているから、それに基づく給付が受給者の預金口座に振り込まれて金融機関に対する預金債権となつた場合においても、受給者の生活保持の見地からする右差押禁止の趣旨は尊重されるべきであり、右のような預金債権の差押命令は、その取消しを不当とする特段の事情がないかぎり、民事執行法一五三条一項の適用により、取り消されるべきである。

そして、前記認定事実によれば、本件差押債権は、預金債権ではあるが、差押命令送達当時に現存したのは、普通預金債権のみであり、しかも、その普通預金債権は、その受給権について差押が禁止されている前記各年金の振込により発生したものが大部分であることになるから、本件についても、特段の事情のないかぎり、差押命令は取り消されるべきである。

そこで、右特段の事情の有無について、さらに検討するに、前記認定のとおり、本件請求債権は、もつぱら前記各年金収入をもつて支払われることを前提に審判された婚姻費用分担金債権の六か月分であり、しかも、その分担金債権月額一七万円は、年金収入月額二九万六二〇〇円の五七%以上に当たるところ、他方、差押命令送達時に現存した預金債権は、前記各年金の年額合計の四分の一以下に過ぎないのであるから、記録により認められる抗告人、相手方双方の生活状況を考慮しても、本件については、差押命令の取消しを不当とする特段の事情があるというべきであり、民事執行法一五三条一項を適用して差押命令を取り消すのは相当でない、といわざるをえない。

四  したがつて、抗告人の本件執行抗告は理由があり、相手方の申立てに基づき本件差押命令を取り消した原決定は不当であるから、原決定を取り消し、相手方の本件差押命令の取消申立てを却下する

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克已 河邊義典)

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